信じきれなくとも
Gospel of John 2024 • Sermon • Submitted • Presented
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Transcript
2024年11月3日 杉並中通教会 主日礼拝
ヨハネによる福音書11章38~44節
「信じきれなくとも 」山下ジョセフ
エルサレムの東にベタニアという名前の村があります。ヨハネによる福音書11章18節「ベタニアはエルサレムに近く、十五スタディオンほどのところにあった。」1スタディオンは約185mなので、ベタニアはエルサレムから約2.7kmなります。エルサレムから日帰りで徒歩の往復ができるベタニアはイエスにとっては大事な拠点の一つであり、エルサレム滞在中はベタニアで宿泊していたと思われます。その宿泊先のひとつが11章の重要人物であるマルタ、マリア、ラザロの3きょうだいの家でした。ベタニアのマルタとマリアはヨルダンの向こう側に滞在していたイエスのもとに人を遣わしました。ヨハネによる福音書11章3節にそのことが書かれています。「姉妹たちはイエスのもとに人をやって、「主よ、あなたの愛しておられる者(ラザロ)が病気なのです」と言わせた。」イエスにとってマルタ、マリア、ラザロの3きょうだいは親しい関係でした。それどころか、5節には「イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。」と書かれているようにイエスは3きょうだと深い関係性を持っていることが分かります。そのため、イエスがエルサレムで殺されかけたことを知っている弟子たちの反対を押し切りベタニアへ向かいました。しかし、イエスは急ぐことはせずゆっくりとベタニアに向かったのです。
イエスがベタニアにたどり着いた時にはラザロは既に亡くなっており墓に葬られて4日たっていました。イエスがベタニアにたどり着いたところ家からマルタが出てきてイエスを迎えに行き、その後マリアがイエスのもとへ来ました。そして、マリアと共にラザロの死を悲しんでいる人々が泣いている姿にイエスは心が激しく揺れ、マリアたちと共に涙を流しました。その後、イエスはラザロの墓に案内されました。ラザロの墓の入り口をふさいでいる石をどかした後、イエスは言いました。ヨハネによる福音書11章41~44節「人々が石を取りのけると、イエスは天を仰いで言われた。「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。しかし、わたしがこう言うのは、周りにいる群衆のためです。あなたがわたしをお遣わしになったことを、彼らに信じさせるためです。」こう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。顔は覆いで包まれていた。イエスは人々に、「ほどいてやって、行かせなさい」と言われた。」。イエスはラザロが病気によって死に、また生き返ることを元から知っており、人々が神がイエスを遣わせたことを信じるためにラザロが生き返ることを知っていました。そして、イエスの「ラザロ、出て来なさい」という言葉によってラザロが墓から出てきました。
ヨルダンの向こう側のベタニアに滞在していたイエスがベタニアにたどり着いた時にはラザロがすでに亡くなっており4日立っていました。そして、兄弟ラザロの死を悲しんでいたマルタとマリアのもとには多くの人々が慰めに集まっていました。そして、イエスがベタニアに到着したことを知ったマルタはイエスを迎えに出て来ました。イエスを迎えに行ったのはマルタだけであり、マリアは家に残っていました。マリアも一緒に迎えに行った理由は不明ですが、多くの来客者も家に来ていたため、その相手をしていたのではないかと思われます。しかし、マルタだけがイエスを迎えに行ったことによってマルタとイエスが二人だけで会話をすることにできるようになったのです。21節をお読みします。「マルタはイエスに言った。「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。」イエスに対するマルタの言葉はイエスを責めているもののようでした。しかし、イエスを責めていながら「もしここにいてくださいましたら」との言葉からわかるようにマルタはイエスのことを深く信頼していることが分かります。イエスがその場にいたのであればラザロは癒され、死ぬことはなかったことをマルタが確信していることを知ることができます。しかし、22節ではマルタはイエスへの確信と矛盾していることを言っています。22節「しかし、あなたが神にお願いになることは何でも神はかなえてくださると、わたしは今でも承知しています。」」。マルタはイエスが神にお願いすることは何でも神がかなえてくださると言っているのに関わらず、亡くなったラザロを生き返らせることができるとは信じていなかったのです。イエスがラザロを生き返らせることができないとマルタが思っていたことには根拠があります。新約時代のユダヤ人は人が死んだあとの3日間は死者の魂が死体の周りに存在するが4日目にはあの世に行ってしまうと信じていました。つまりラザロが死んで4日たったので、もはや魂がおらず復活することはできないとマルタは思っていたのです。そのため、23~24節では「イエスが、「あなたの兄弟は復活する」と言われると、マルタは、「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」と言った。」。と書かれているように、マルタはもはや終末の時までラザロは復活することはないと信じていたのです。
イエスが神にお願いになることは何でも神はかなえてくださるとマルタは言っていたのに関わらず、イエスがラザロを復活されることはないと疑っていました。マルタの疑いを知っているイエスは言いました。25~26節「イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」」イエスご自身が復活であり命であるということ、すなわちイエスご自身が救いであること、また、イエスご自身こそが神であるということを、イエスの復活と命による救いは終末や死後の世界という遠い未来の出来事ではなく、正に今ここで実現されることであるとマルタに直接言ったのです。そして、が救い主であるか信じるかとマルタに尋ねたのです。27節「マルタは言った。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。」」マルタはイエスの言葉によって気づいたのです。イエスこそが復活・命であり、救い主であり、神であることを。そのことをマルタは自らの言葉で言ったのです。イエスに対してのこの言葉は正にマルタの信仰告白なのです。
マルタはイエスを救い主と信じ、自らの言葉によって告白しました。しかし、救い主と信じたからと言って、イエスに対しての疑いが消え去ったわけではありません。38~39節にそのことが書かれています。「イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に来られた。墓は洞穴で、石でふさがれていた。イエスが、「その石を取りのけなさい」と言われると、死んだラザロの姉妹マルタが、「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」と言った。」。マルタ自身も27節の信仰告白によってもはや疑っていないと思っていたのですが、墓が開いたときに漂った死臭をかいだマルタは、イエスをまだ疑っていると思わず告白してしまいました。それを聞いたイエスは言いました。40節「イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」と言われた。」。イエスはまだ疑っているマルタに対して、先ほどの信仰告白を思い出すように厳しく言いました。そして、ラザロの復活の時となりますが、その時にイエスは言いました42節「わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。しかし、わたしがこう言うのは、周りにいる群衆のためです。あなたがわたしをお遣わしになったことを、彼らに信じさせるためです。」イエスはここで「群衆」と言っていますが、この群衆の中に間違いなくマルタも含まれていました。むしろ、イエス・キリストのことですから、ラザロの復活によってイエスを信じるのがマルタだけであったとしても復活させたでしょう。ラザロはイエスを信じている人々がいたから復活したのではなく、イエスを疑っている人がいたから復活したのです。
私は若いころ通っていた教会で「神を疑ってはいけません。なぜなら、疑っていることは信じていないということになるからです。」と学び、神を疑うことは悪いことなんだと思っていました。しかし大人になっていくにつれて世の中の理不尽や不条理を見聞きしたり、理不尽や不条理を実際に経験することによって、「本当に神の救いはあるのか」「そもそも神はいるのか」と神に対して疑いを持つようになったのですが、神を信じながら疑いつつ聖書を読んでいたら答えが与えられたり、より深く物事を考えるようになったりしたのです。マルタもイエスを救い主と信じながら疑っていたのですが、イエスから答えが与えられたのです。そしてイエスからの答えを聞いたマルタは改めてイエスを信じたのです。理不尽や不条理によって苦しんでいるとき、マルタのようにイエス様の救いを疑うことがあります。しかし、神様は私たちが疑っていることがご存じなのです、そして疑いつつ求めれば必ず答えが与えられます。恐れることなく神を疑ってもいいのです、疑っているときこそ神の偉大さを思い知ることができるようになり、改めて神を信じることができるのです。
