ずっと待っていた

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2024年12月29日 日本バプテスト厚木教会
ルカによる福音書2章36から38節
「ずっと待っていた」山下ジョセフ
 
本日の箇所はイエス誕生の40日後の物語です。律法によると人と家畜の初めの子は神にささげなければなりませんでした。また、律法によると出産は汚れをもたらすものとみなされていたため清めの献げものを献げなければいけませんでした。清めの献げものは献げる人の財力に合わせて裕福な人は羊を一匹献げ、貧しい人は鳩を2羽献げるようにと規定されていました。さて、イエスの生まれたマリアとヨセフの家庭はどうだったのでしょうか。その答えはルカによる福音書2章22~24節に書かれています。「さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。」この一つの箇所だけでイエスは貧しい家に生まれた方であり、これはイエスが上から人を支配する神ではなく、インマヌエル「私たちと共にいる神」であること示しているのです。
 
イエスは神殿で神に献げられたあと二人の人物と出会いました。その人物とは、神から救い主メシアと出会うまで死ぬことがないと言われたシメオンと84歳の預言者アンナという名の二人の高齢者でした。シメオンの年齢は聖書に書かれていませんが神から「メシアに出会うまでは死ぬことはない」と言われたと聖書に書かれているということはアンナよりもさらに高齢だったと推測できます。どちらにせよイエスの時代の平均余命は約55歳でしたので、アンナもシメオンも相当な高齢者でした。本日は預言者アンナから学びたいと思います
 
アンナとは何者だったのでしょうか。ルカによる福音書2章36~37節「また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、夫に死に別れ、八十四歳になっていた。夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていた(が、)」。預言者アンナがイエスと出会ったのは84歳の時です。実はこのアンナの年齢には大きな意味があります。アンナはイエスが生まれる70年前、すなわち紀元前70年ごろに結婚をしましたが、結婚から7年後に夫と死別しています。アンナの夫が亡くなったのは紀元前60年代中ほどから後半ではないかと推測できます。実は紀元前60年代中ほどパレスチナ地方では大きな事件が起こっていました。
 
アンナが生まれたころのパレスチナ地方のユダ王国はハスモン朝時代の独立国であり、アンナが結婚したころにはサロメ・アレクサンドラ女王が統治していました。しかし紀元前67年に女王が死に、その息子二人が王位を争い、内戦が勃発しました。この内戦は5年続き、紀元前63年にローマ帝国の介入により首都エルサレムが陥落し、そのままユダ王国がローマ帝国の植民地となったのです。つまり、この福音書の著者はアンナの夫がこのユダ王国の内戦中に亡くなった、それも戦争中なので殺されたことを推測させるように書いていたのです。つまり、アンナと結婚していた20代の若い青年は誰が次に王になるのかという権力者の身勝手な欲望によって引き起こされた戦争に巻き込まれ殺されたのでないでしょうか。そして、戦争によって愛する夫を殺されたアンナは再婚することをせず、60年もの間毎日神殿に通い、断食と祈りを続けていたのです。
 
アンナは紀元前67年ほど前に勃発した戦争とローマ帝国によって祖国が侵略されたことを経験しました。そしてアンナがエルサレムの神殿に暮らしている時の紀元前37年に後のヘロデ大王によるエルサレム侵略も経験しているのです。つまり、アンナは自分の夫を戦争で亡くし、ヘロデ大王の侵略による被害者たちを目の当たりにし、また自分が生まれ育ったユダ王国がローマ帝国の圧政と搾取に対して反発する人たちの起こした反乱を目の当たりにし、またヘロデ大王が神殿の隣に立てたアントニア砦、すなわち戦争を象徴する建物が建てられ、日々それを見なければならない生活をしていたのです。アンナは神殿から戦争や紛争によって殺される若者たちを見て、またローマ帝国の圧政によって苦しんでいる若者たちを見て心を痛めていたのではないでしょうか。だからこそ神殿に住み人々の平和と苦しんでいる人の解放を日々祈っていたのです。
 
アンナが60年以上苦しみの中で人々の救いを待ち望んで祈り続けていたところ、とある貧しい夫婦が初子を神へ献げるためにやってきたのです。それこそ毎日のようにそのような夫婦が神殿に来ていたでしょう。しかし、アンナはこの貧しい夫婦の子は何かが違うことに気づいていたのです。この幼子イエスこそが人々を平和と開放に導く人である人でることを。ルカによる福音書2章38節「そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。」この時、アンナがイエスのことをどのようなメシアであると理解していたかは書かれていません。それこそ、ユダに生きる多くの人たちが想像していた武力や暴力によってローマ帝国を追い出す英雄なのかどうか。あくまで私の推測ですが、アンナは決して暴力によってローマ帝国を追い出す英雄としてのメシアを求めていなかったのではないかと思います。なぜなら、アンナはユダ王国の内乱で夫を殺され、ヘロデ大王によるエルサレム侵略によって殺された人々を見て、また、神殿の隣にヘロデ大王が立て、ローマ軍が駐留している砦を毎日目にしなきゃいけない生活をしていたのです。例えば今の時代で言うと戦争によって家族を亡くした方が毎日米軍基地を目にしなければならない生活をしていたのです。人生でひたすら暴力を目の当たりにしたアンナは決して暴力による解決を求めていなかったのです。
 
実際にイエスは多くの人が期待した暴力によってものごとを解決する英雄メシアの生き方をしなかった方です。イエスは本人の言葉と行いによって、暴力や搾取・差別などの罪から人々を解放することによって平和をもたらしていた方なのです。必要があれば弱い立場の被害者たちを守るために言葉をもって権力者に立ち向かった方だったのです。しかしイエスのその生き方は権力者たちにとっては都合の悪いものであり、イエスが持つ人々への影響力が増すごとに権力者たちは自分たちの暴力による秩序・支配が乱されることを恐れ、ついにはイエスを捕らえ、十字架にかけて殺したのです。
預言者であったアンナはイエスのことをどこまで神から伝えられたのかはわかりませんが、一つだけ確信できることがあります。それはイエスこそが救いであるということです。イエスは私たちの持つ罪から解放し、解放された私たちがイエスに似たものと生きるように成長し、人々に平和・希望・和解の福音を伝え、この世界で神の国を実現、すなわちすべての人が満たされ暴力によって傷つき殺されることのない平和を実現することなのです。
 
イエスの平和を実現することは決して簡単なことではありません。それこそアンナのように暴力によって傷つき殺されている人々を目の当たりにし自分自身の無力さを痛感してしまうかもしれません。そして、アンナのように人生のすべてを費やして働く必要もあるかもしれません。
 
現実を見るとアンナのように祈ることしかできないかもしれません。しかし、神は人が最も弱いときに用いるのです。私たちの偉大な神イエスは社会の底辺として生まれました。それこそ、宿を借りることすらできない、羊を献げる財力を持っていない家庭で生まれました。イエスは立派な指導者でも、立派な軍人でもなく、罪人と蔑まれていた人たちと食事をとり、汚れているとみなされ社会から追い出されていた病人に触れ、食事にありつけない人々が集まった時にはすべての人に食事を分け与え、ローマの百人隊長の愛人である青年を癒す際に隊長を「これほどの信仰を持っている人は見たことがない」とおっしゃったかたなのです。イエスは常に悲しみと苦しみにもがいている人と共におられる方なのです。
 
そのようなイエスを苦しみながら長年待ち望んでいたアンナのように、今苦しんでいる方や悲しみに悶えている方がいるかもしれません。私たちが罪による苦しみから解放される日は必ず来ます。なぜなら、その解放は神からすべての人に与えられた約束であり、希望なのです。
 
最後に詩を読みたいと思います。「クリスマスとは神が私たちにこう語りかけている時です。『あなたの痛みはあまりにも重く/その悲しみはあまりにも深く/その苦しみはあまりにも大きい。もうちょっとだけ耐えて。その重荷を一緒に背負いに行くから』」~メリディス・アン・ミラー
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