死の道具から生の道具へ

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2024年12月1日
杉並中通教会 アドベント第1主日礼拝
イザヤ書2章1~5節
「死の道具から生の道具へ」山下ジョセフ
 
 本日から救い主メシアを待ち望んだ人々を追体験するアドベントです。今年度アドベントはイエス・キリストが誕生する700年前のユダ王国で預言者として神に召されたイザヤの預言から学んでいきたいと思います。預言者とは神から言葉を預かり、人々にその御言葉を伝える神のスポークスパーソンのような存在でした。預言者イザヤの働きが書かれているとされているイザヤ書は書かれたであろう時代に合わせて3部に分かれています。1~39章は第1イザヤ、40~55章は第2イザヤ、56~66章は第3イザヤと呼ばれており、第1イザヤはイエス誕生の700年前ごろ、第2イザヤは600年前ごろ、第3イザヤは500年前ごろに書かれたと言われています。イザヤ書は新約聖書で何度も引用されており、イエスの誕生や十字架に関しての預言がいくつか書かれている書物でもあります。今回のアドベントではイザヤ書に書かれているイエスの誕生に関する預言から学んでいきたいと思います。
 
第1イザヤの時代、イスラエルの12部族の統一によって誕生した古代イスラエル王国が北のイスラエル王国と南のユダ王国に分離してから200年ほどたった時代です。具体的な時期はイザヤ書1章1節に書かれています。「アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて見た幻。これはユダの王、ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの治世のことである。」この4人の王たちの在位期間は諸説ありますが紀元前783~687年ごろです。実はこの四人の王がユダを支配していた時代のイスラエル王国とユダ王国は存続の危機にあっていたのです。紀元前745年、現在のイラクあたりに存在していたアッシリア帝国にティグラト・ピレセル3世(別名:プル)が即位し周辺諸国を侵略し始め、大帝国を作り上げようとしていました。その侵略先は現在のトルコ、パレスチナ、エジプトなどであり、もちろんイスラエル王国やユダ王国もそのターゲットでした。
 
ウジヤ王(別名:アザルヤ)の時代に起こったことが列王記に記されています。列王記下15章17~20節「ユダの王アザルヤ(ウジヤ王の別名)の治世第三十九年に、ガディの子メナヘムがイスラエルの王となり、サマリアで十年間王位にあった。彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を一生離れなかった。アッシリアの王プル(ティグラト・ピレセル3世の別名)がその地に攻めて来たとき、メナヘムは銀一千キカルをプルに貢いだ。それは彼の助けを得て自分の国を強化するためであった。メナヘムはアッシリアの王に銀を貢ぐため、イスラエルのすべての有力者に各人銀五十シェケルずつ出させた。アッシリアの王はこの地にとどまらずに引き揚げた。」。アッシリア帝国がイスラエルを攻めてきて、イスラエルから1000キカル(1キカル=約34.2kg, 1000キカル=約342,000kg,10トントラック35台分)の銀貨を貢ぐことによってしのぎました。アッシリアによるイスラエル侵攻はもちろんユダの王ウジヤの耳にも届いていたでしょう。そしてアッシリア帝国の野望は貢物だけではすまず、今後もアッシリアによる侵略が続くという危機感を覚えたのではないでしょうか、歴代誌下26章11~15節にはこのように書かれています「ウジヤは戦いに備えて訓練された軍隊を持っていた。それは書記官エイエル、官吏マアセヤによる名簿に従って部隊に配属され、王の高官ハナンヤの指揮下に置かれていた。勇士である家長の総数は二千六百人、その配下に、戦いに強い三十万七千五百人の軍隊があり、王の助けとなって敵に立ち向かった。ウジヤは全軍のために盾、槍、兜、鎧、弓、投石用の石を準備した。彼はまたエルサレムで技術者により考案された装置を造り、塔や城壁の角の上に置いて、矢や大きな石を放てるようにした。ウジヤは、神の驚くべき助けを得て勢力ある者となり、その名声は遠くにまで及んだ。」アッシリア帝国という脅威に備えていました。それどころかウジヤ王も周辺の国々への侵略を行っていたのです。そのようなユダ王国にとっては戦争の時代に、神は預言者イザヤを通して本日の聖書箇所であるイザヤ書2章1~5節の言葉を伝えました。
 
1~2節の途中までお読みします。「アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて幻に見たこと。終わりの日に/主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち/どの峰よりも高くそびえる。」「終わりの日」と書かれていますが、これは翻訳によっては「後に来る日」や「未来」と訳すことができます。つまり今回の箇所の預言は未来への希望が語られているのです。「主の神殿の山」これは神のいる場所を指しています。つまり神は「山々の頭」つまり何よりも高い位置におり、誰もが見ることができるとのことが書かれています。これはすなわち、一部の選ばれた人だけの神がすべての人の見えるところへ行くことができるのです。2節の続きから3節までお読みします。「国々はこぞって大河のようにそこに向かい多くの民が来て言う。「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と。主の教えはシオンから/御言葉はエルサレムから出る。」本日の箇所のヤコブはイスラエル民族全体を指しています。「国々」すなわち全世界から多くの人々が神のもとへきて、神の示された道を歩むのです。2~3節の預言、誰か特定の方を思い浮かびませんでしたか。これはまさに、イエス・キリストのことを書かれているのです。ごく一部の選ばれた人々だけが見ることのできた神はイエスの出現によってすべての人が見ることのできる方となったのです。そして、イエスの十字架によって人と神を隔てる壁を破壊し、私たちが神に似たものとして生きることのできる道を示したのです。イエスの教えはすべての人への教えであり、イエスを通して神を求めるものは民族も人種も社会的地位もジェンダーも性的志向も関係なくすべての人が迎え入れられるのです。神の恵みはもはや選ばれた人だけではなくすべての人に与えられるのです。
 
4節「主は国々の間を裁き/多くの民のために判決を下される。/彼らはその剣を鋤に/その槍を鎌に打ち直す。/国は国に向かって剣を上げず/もはや戦いを学ぶことはない。」この御言葉が書かれた時代は戦争の時代でした。アッシリア帝国の脅威に恐れユダ王国には30万人以上の兵士がおり、いつでも戦争ができる状態だったのです。そのような争いの時代の中で神は剣を鋤に槍を鎌に打ち直す時が来ると語っています。剣や槍は武器であり、人を殺すために使われる道具なのです。鋤と鎌は農具であり、人は農具を使って野菜などの食材を育てます。人は食事なしでは生きることができないため、農具は人を生かすために使われる道具なのです。今後大きな戦争が起こりつつある時代に神は「武器を打ち直す。言葉を変えると武器を壊して農具にする。」と反戦争の言葉を言ったのです。そして続けて言いました5節「ヤコブの家よ、さあ、主の光の中を歩もう。」これはつまり、人と争い人を殺すことは闇の中であると語っているのです。今まさに戦争するために国を挙げて準備をしている人々に対して「戦争をしてはならない」と言っているのです。「人を殺すために働くのではなく、人を生かすために働きなさい」と言っているのです。このみことばは当時のユダ王国の人々だけに対しての言葉でしょうか。
 
 1800年ぐらい前の最初期のクリスチャンはイザヤ書2章4節に書かれている主、すなわち国々の争いを裁き、多くの民を戒められる方のことをイエス・キリストと理解し。イエスに戒められ、イエスを信じた人々は武器を農具に打ち直し、剣を上げず、戦うことを学ばないようになると信じていました。それこそ3世紀以前のクリスチャンは戦争に加担することはイエスに従うことと矛盾すると信じていました。なぜなら自分たちが一員である神の国は戦うことを、つまり戦うことを学ばない、戦争を学ばない国であると理解していました。戦争とは人の罪によって支配されていた国々の行うことであり、その行いはイエスの生き方に反するものであると罪であると理解していました。
 
しかし、キリストを信仰することは戦争反対であるという信仰の形がというはキリスト教ローマ帝国に公認されたことによって揺らいできたのです。そもそも、ローマ帝国がキリスト教を公認したきっかけは、4世紀初頭のローマ皇帝コンスタンティヌスが戦争で軍を率いたとき、コンスタンティヌスは空に十字架の幻を見て「この印をもって征服するだろう」と聞いた主張し、戦争に勝利しました。コンスタンティヌスがキリスト教を公認し、その80年後ローマ帝国の国教となります。4世紀までローマ帝国にとって迫害の対象だったキリスト教は4世紀が終わるころにはローマ帝国の国教となったのです。一見すると200年以上続いた迫害の時代が終わった、神の恵みを感じることもできる出来事ですが、逆に考えると社会から追いやられていた人たちが救いと平和を求めて集まっていた教会が権力を持つことになったのです。とても残念なことなのですが、教会が権力を持つと人を救う場所から人を支配する場所となってしまうのです。そして、権力の方針に合わせて聖書のみことばを捻じ曲げて、差別、抑圧、戦争を正当化してしまうのです。歴史を紐解くと、教会が権力と一緒になり悪を行うということは今でも続いているのです。例えば、現在でもイスラエルによるパレスチナ人への虐殺を聖戦として支持する教会もあります。そもそも、聖戦なんていうものは人が戦争を正当化するためにでっち上げたものであって、そんなものは存在しません。私たち自身も権力におぼれ、このような罪の状態に陥らないように自戒し成長し続ける必要があります。
 
 昨年、イスラエルによるガザ地区への侵攻とパレスチナ人虐殺を理由にイエス・キリストの生まれた町ベツレヘムはクリスマスを祝うことを中止しました。また、虐殺が続く限り今年もクリスマスを祝うことを中止する予定だということです。しかし、イエスの誕生も決して人々に喜ばれ祝福にあふれていたものではありませんでした。イエスの誕生をきっかけに起こった最も悲しい出来事がマタイによる福音書2章16節に書かれています。「さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。」異国の占星術の学者たちが「ユダヤ人の王」として生まれたイエスを拝みにユダへ来たのですが、イエス誕生時のユダを支配していたヘロデ王は、自分自身の持つ権力を守るためにイエスの生まれたベツレヘムにいた赤子を皆殺しにしました。事前逃げ出すことのできたイエスの一家だけがこの虐殺を回避することができました。同じように今の時代でも権力者の都合によって、殺されている人がたくさんいるのです。それこそ戦争や虐殺によって直接的に殺されている人もいれば、差別、支配、抑圧などの社会構造によって生きる力を奪われ、悪しき制度によってじわじわと間接的に少しずつ殺されている人たちがいます。イエスが生まれたのはきらびやかなイルミネーションの中ではなく、未来すら見えない暗闇の中なのです。しかし、そのような苦しみにあふれ、人が人を殺す世界の希望として生まれたのです。
 
イザヤ書2章4~5節をもう一度読みます「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。」私たちの争いを裁き、戒められた主イエスに自分の罪を告白し従った私たちはみなヤコブの家の一員です。そんな私たちが人を直接的にも間接的にも殺すのを辞め、むしろ人を生かし世の中を平和へ導くものとなれますように、小さなところから争いを辞め、戦うことを学ばないものとなることができますように。私たち一人一人が平和の道具となれますように。
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