福音を信じることとは

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ローマ1:1-5:福音とは…の説明(ちょうどいい福音を信じることとは長さ)
最も短い:イエスは主である⇒主イエスキリスト⇒その意味が少しずつ解き明かされる⇒
主イエスキリストと父なる神&ご聖霊との関係を明確しているのが=使徒信条(福音を信じることを告白)
今日は:福音を信じることとは(信じる=誰かを信頼する、誰かに頼る関係概念)
この胸の中に隠れてる 不安のうず
目の前にある 自分の進みべき道はどれか
人に流されてた日々 そんな自分に「さよなら」
I believe Myself 信じることで
全てが始まる気がするの
Wow, I believe Myself あたたかい光は
まちがっちゃいない 歩いて行こう I believe
ロンド(輪舞曲りんぶきょく)2006、ドラマ主題歌: Ayaka「I Believe」
ある意味で賛美:自分をほめたたえて、応援する賛美する(Let it Goこれでいいの、自分を信じて~)⇒
自分の思いを実現するために⇒ネガティブな思いを排除(口に出さない、頭に入らない)ようにする⇒悲観的な思いを捨てて、自分を信じて楽観的に生きていく
I believe Myself 信じることで全てが始まる…と思うけど、心の底は不安が残っている
胸の中に隠れてる不安・・・にただ蓋をしているだけだから
なぜ、不安が残るかというと、自分を信じて、自分に自信をもっ自分の人生を支配しょうとしても:
自分は何もコントロールできないことを知っているから(自分は神ではない:自分を信じる根拠がない)
物事が重い通りに動く保証がない(盲信仰)「自分は空しくない!」と自分に言い聞かせて、不安に蓋をしても、試練が来る時その蓋はぱかっと開いてしまい、空しい現実がみえてくる
なので、自分の能力に自分の身を委ねることほど、恐ろしいことはない
※ちなみに、他の宗教(偶像礼拝)は基本的に自分で自分の幸せを切り開いていく(お祭り、お賽銭、行事、教会にも入ってきた=献金を捧げたら神様が幸せにしてくれる)⇒自分の能力に自分の身を委ねる=自分を信じる⇒人生が空しくなる

福音を信じることとは

別の信仰の生き方(命)がある、別の信仰方向
ある方に向いている信仰方向(主イエスキリスト)力ある神の子
これが私たちのあるべき、目指している姿、そして信仰によって保障されている姿(最も祝福された私たちの姿)
自分の思いや能力に頼っても祝福を獲得することができない・・・祝福を獲得するものではなく、ただ受けるもの
受けるためには、握りしめているものを手放さないといけない(自分の思い、自分の権利、自分の全てを捨てて十字架を負う)
自分を手放すことによって、自分が祝福を得る(逆説的な神の真理=受けるよりも、与えるほうが幸い、ばらまいてもなお富む)⇒このような逆説で福音が説明されている
Romans 1:1–3 聖書新改訳
神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ、 --この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、 御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、
福音は御子に関するもの(永遠から父、子、聖霊の三位一体の神の御子)
御子なる神が、(乙女まりあより)肉体となられた(私たちのために、自分の神としての姿を捨てられた)
Romans 1:4 聖書新改訳
聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。
私たちのために、肉体の姿でさえ捨てられた
御子は、神として全てを持っておられた(神の栄光、治めるの権力、無から有へと創造する能力)⇒全てを手放した
でも、三日目には死を打ち破り、「力ある神の子」として全て永遠のよみがえりの命が与えられ、天と地も治める権利が与えられた⇒王の王となられた
この「全てを手放すことで、祝福を得る」という逆説的な神の真理が実に真理であり、道であり、本当に良きるべき命だったことを私たちの主であり、真のイスラエルの王(キリスト)であるイエス様が証明された⇒福音

福音を信じることとは

イエス様が本当に死者の中からよみがえられた力ある神の子であることを信じ、その足跡を一歩ずつ、たどりながらイエス様の似姿を追い求めること
イエス様を信じることは、自分の全ての思いを手放し、私たちの生き方を、イエス様が見せてくださった生き方と重ねていくこと
福音を信じることは、御霊と共に歩むこと、イエス様と共に歩むこと、そしてイエス様の思いを私たちの思いにし、神の御心をこの地で行っていくこと
この信仰は、聖書の全てを教えを要約している「隣人を自分自身のように愛する」ことによって働く信仰です。
自分を信じなくても良い。自分の行いに頼らなくてもよい。
この胸の中に隠れてる 不安のうず
目の前にある 自分の進みべき道はどれか
人に流されてた日々 そんな自分に「さよなら」
福音を 信じることで
全てが始まる!
全てを私たちのために捧げてくださった、私たちの主イエスキリストに一切のものを捧げて、主の聖餐を通して主と一つとされていきたいと思います。

聖餐

(…)主イエスは渡される夜、パンを取り、 24 感謝の祈りをささげた後それを裂き、こう言われました。「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」
25 食事の後、同じように杯を取って言われました。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。飲むたびに、わたしを覚えて、これを行いなさい。」 26 ですから、あなたがたは、このパンを食べ、杯を飲むたびに、主が来られるまで主の死を告げ知らせるのです。
27 したがって、もし、ふさわしくない仕方でパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。 28 だれでも、自分自身を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。 29 みからだをわきまえないで食べ、また飲む者は、自分自身に対するさばきを食べ、また飲むことになるのです。

悔い改め

Psalm 139:23–24 聖書新改訳
神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、 私の思い煩いを知ってください。 私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、 私をとこしえの道に導いてください。
Psalm 51:10 聖書新改訳
神よ。私にきよい心を造り、 ゆるがない霊を私のうちに新しくしてください。

主の祈り

天にまします我らの父よ。
願わくは御名をあがめさせたまえ。
御国を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、
地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を 今日も与えたまえ。
我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、
我らの罪をも赦したまえ。
我らを試みにあわせず、悪より救いいだしたまえ。
国と力と栄えとは、
限りなく汝のものなればなり。
アーメン。

使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。
主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生れ、
ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、
十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、
三日目に死人のうちよりよみがえり、
天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり、
かしこより来たりて、
生ける者と死にたる者とを審きたまわん。
我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、
聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、
永遠の生命を信ず。 
アーメン

献金

一人ひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。
神は、喜んで与える人を愛してくださるのです。 神はあなたがたに、あらゆる恵みをあふれるばかりに与えることがおできになります。あなたがたが、いつもすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれるようになるためです。

祝祷

Numbers 6:24–26 聖書新改訳
『【主】があなたを祝福し、 あなたを守られますように。 【主】が御顔をあなたに照らし、 あなたを恵まれますように。 【主】が御顔をあなたに向け、 あなたに平安を与えられますように。』
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